⑧事業継続困難な場合の危険負担

 典型的には、事業主が労働者を解雇したが、裁判等で不当解雇で、就業できたのに労働を提供できなかった等の場合に、事業主に帰責性があり、労働を提供できなかった期間の賃金を全額(休業手当と異なり100%。)支払うということです。

 本来の典型的な危険負担は、売買契約で、商品が滅失した場合に、商品引き渡し義務を履行できないが、代金を支払うか、支払わないかという問題です。

 休業手当と危険負担は併存します。
 危険負担は強行規定ではない任意規定です。特約で排除可能です。
 事業主の帰責事由の範囲の広狭があり、休業手当の場合が危険負担の場合より広いです。

 危険負担とは、労働契約のような双務契約の成立後に、債務者(労働者)の帰責事由によらずにその債務の履行が不能となった場合に、そのリスクを債権者と債務者のどちらが負うのか(本件では、債権者である使用者が賃金支払義務の履行を拒絶することができるのか)という問題です。
 双務契約とは、当事者双方が互いに対価的関係にある債務を負担する契約のことです。
 危険負担は、双務契約の成立後において、債務者の帰責事由によらずにその債務の履行が不能となった場合に、そのリスクを債権者と債務者のどちらが負うのかという問題です。
 なお、双務契約においては、各当事者は、それぞれ債権者であり債務者となりますが、危険負担については、「履行不能となった債務」(履行できなくなった債務)を基準として債務者・債権者を考えます。

 債務者主義とは、債務者が損をする場合です。債権者主義とは、債権者が損をする場合です。民法は、債務者主義を原則としています(民法第536条第1項)。
 この債務者主義の理由としては、双務契約では、当事者双方が互いに対価的関係にある債務を負っているのですから、一方の債務が消滅した場合には、他方の債務もその履行を強いられない(他方は反対給付の債務の履行を拒絶することができる)というのが公平といえることが挙げられます。
 しかし、令和2年4月1日施行の民法の改正により、危険負担の効果は、「債権者の債務の履行の拒絶」(反対給付債務の履行拒絶権)の問題に改められました。
 反対給付債務(代金支払義務)を消滅させるためには、契約(例:売買契約)の解除をしなければならないこととなりました。
 危険負担の効果の改正は、「債務者に債務不履行があった場合に、債務者に帰責事由がなくても、債権者が契約を解除できるように改められた」ことに連動している。
 改正後は、一方の債務がその帰責事由なく履行不能となった場合において、「他方の債務の履行を拒絶することができるか」という問題は「危険負担」が取り扱い、「他方の債務が消滅するか」という問題は「解除」が取り扱うことに区分されました。
 債務の履行不能について「債権者に帰責事由がある場合」は、債権者がリスクを負い、債権者は反対給付債務の履行を拒むことができず、債権者はその債務を履行することが必要となります(債権者主義。民法第536条第2項)。

 労働者の労働義務が履行不能となった場合は、当該履行不能が誰の帰責事由によるものかを考えます。
 既に労働者が履行した部分がある場合は、当該労働者は当該履行割合に応じた報酬(賃金)請求権を有します(民法第624条の2)。
 次に、使用者の帰責事由により労働者の労働義務が履行不能となった場合は、特段の事情がなければ、危険負担の債権者主義の民法第536条第2項が適用され、使用者は、賃金支払義務の履行を拒絶することはできず、従って、労働者は賃金全額を請求することができます。
 結局、ノーワーク・ノーペイの原則は、使用者に帰責事由がある労働義務の労働不能の場合(危険負担・債権者主義が適用される場合)には適用されないと考えることになります。

※ 代償請求権:債権者主義が適用される場合(債務者の履行不能について債権者に帰責事由がある場合)については、代償請求権(利益の償還)という効果も生じます(民法第536条第2項後段)。

 出演依頼者(Bとします)の帰責事由により出演不能となった場合に、この歌手(Aとします)が他の依頼者と別の契約をして、当該出演不能の期間中に他の会場でコンサートを開催したとしますと、歌手Aはこのコンサートにより得た報酬をBに償還しなければならないということです。
(ちなみに、民法改正により、代償請求権に関する一般的な規定が新設されていますが(民法第422条の2)。)
 

 しかし、民法改正により、「契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であった」場合においても債務不履行に基づく損害賠償請求を行える旨の規定が新設されたため(民法第412条の2第2項)、原始的不能を目的とする契約も有効に成立しうることになりました。
 そこで、原始的不能を目的とする契約においても、債務者の帰責事由によらない契約上の債務の消滅に関するリスク分配の問題である危険負担が問題となりうることになります。
 つまり、債務者の帰責事由によらずにその債務が履行不能となったという危険負担における「履行不能」には、後発的不能だけでなく、原始的不能も含まれることとなりました。

 本件では、滅失自体には売主の帰責事由がありませんが、契約締結の際の帰責事由は認められるところ、今回の改正により、原始的不能を目的とする契約も(基本的に)有効となりえますので、契約締結の際の売主の帰責事由によって債務の本旨に従った債務の履行が不能となったものとして、売主に端的に債務不履行責任が発生するという構成が可能となりました(従って、損害賠償請求の範囲も、信頼利益に留まらず、通常通りの範囲(履行がなされなかったことにより被った損害。履行利益)にまで及びます)。

 売買契約においては、特定物の引渡しにより危険が移転する(売主が買主に特定物を引渡した以後に当該目的物が当事者双方の帰責事由によらずに滅失等した場合は、買主がそのリスクを負う)旨の規定が新設されました(民法第567条。第559条がこの第567条を売買契約以外の有償契約について準用しています)。
 また、「売買の目的として特定したものに限る」とは、特定物の他、不特定物が特定した場合も含むという意味です。)

 民法第567条(目的物の滅失等についての危険の移転)1.売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
2.売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。
※ ちなみに、上記の第567条第2項は、売主の履行の提供があったにもかかわらず、買主の受領遅滞により特定物の引渡しがなされないうちに当事者双方の帰責事由によらずに履行が不能となった場合(引渡しがなされていないため、同条第1項は適用されません)においても、公平の観点から、買主に危険が移転することを定めたものです。

 改正後の解除は、債務者の帰責事由を要件としないこととなり、債務の履行を受けられない債権者が「契約の拘束力から解放される手段」という性格に改められたものです。
 当事者双方に帰責事由のない履行不能が生じた場合は、「改正後」は、債権者(例:買主)は(債務者(例:売主)に帰責事由がなくても)、「存在(発生)」している反対給付債務(代金支払債務)の拘束を免れるため、「解除」することができることとなりました。

 なお、民法の改正により、雇用契約の労働者に割合的報酬(賃金)請求権が認められる明文が設けられました(民法第624条の2)。

 労働者の「履行不能」と考えるのか、それとも使用者の「受領遅滞(受領不能)」と考えるのかが前提問題となりえます。

民法第413条(受領遅滞)
1.債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その債務の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、履行の提供をした時からその引渡しをするまで、自己の財産に対するのと同一の注意をもって、その物を保存すれば足りる。
2.債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができないことによって、その履行の費用が増加したときは、その増加額は、債権者の負担とする。

民法第413条の2(履行遅滞中又は受領遅滞中の履行不能と帰責事由)
1.債務者がその債務について遅滞の責任を負っている間に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債務者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。
2.債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能なったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。

 

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